Alpha Commentary: 「つながる車」にとってのFRAND実施料とは

今月、米国の特許管理会社であるIntellectual Venturesがトヨタ、ホンダ、General Motorsの3社に対し、車載通信部品が特許侵害しているとしてテキサス州の連邦地裁に提訴したとの報道があった(12月8日付日経電子版「つながる車で特許紛争 米社、トヨタ・ホンダを提訴」)。この報道は、コネクテッドカーやIoTといった新たなビジネスが特許訴訟のリスクにさらされていることを示すものとして注目されている。

しかし、重要な意味を持つ訴訟はむしろこれから本格化する可能性がある。上記Intellectual Venturesによる訴訟は、Wifiおよび車載インフォテインメントシステム(トヨタのEntune、ホンダのHondalink)関連の特許であり、標準必須特許(SEP)は含まれていないようである。今後5Gが進展し、コネクテッドカーを含む様々な製品にセルラー技術が応用される際、重要な論点となるのは、セルラー技術に係るSEPをめぐる、ライセンス交渉の在り方である。

コネクテッドカーに係るセルラー関連のSEPについては、2016年にエリクソンとクアルコムが中心となり特許プールを管理するAVANCI LLCを設立、自動車OEMに対し、2G-3Gの特許を利用する場合に1台あたり9ドル、2G-4Gの特許を使う場合に同15ドルの実施料(ロイヤルティ)を設定している。SEPである以上、特許保有者はFRAND 義務、すなわち「公正、合理的かつ非差別的」(FRAND)な条件で、他社に使用を許諾することが求められる。AVANCIによれば、上記のライセンス料がFRAND条件を満たすものであり、一部のOEMはAVANCIとのライセンス契約を締結しているが、多くのOEMはいまだ契約には至っていない。その理由の一つは、FRAND条件を満たす実施料としてどの程度が合理的かにつき、広範な合意が得られていないことである。

AVANCIに対しては、ドイツの自動車部品メーカーであるコンチネンタルが2019年、AVANCIがライセンス許諾先をOEMのみに限定しており、部品メーカーへのライセンスを拒否しているとして、米国において訴訟を提起したが、テキサス州の連邦地裁は昨年9月、上記の行為は競争法上の競争法上の不法行為に当たらないとして同社の訴えを却下した。上記判決は、特許保有者側に有利な状況をもたらしたと見られているが、特許侵害に係る損害額が争われたわけではなく、独禁法上の論点に限定されていたため、FRAND条件の実施料という論点については、まだ解決が見られていない。米国の知財訴訟では伝統的に、ジョージアパシフィックファクターに基づく、仮想的交渉の枠組みにより合理的ロイヤルティが判断されている。コンチネンタルは上記訴訟において、4Gに係るAVANCIのライセンス料15ドルを払えば、同社が約100ドルで自動車OEMに販売するテレマティクス制御ユニットの利益が吹き飛んでしまうと主張しており(注1)、AVANCIが提示する価格がライセンシー側にとり経済合理性を満たす水準ではない可能性もある。

その意味で、今後SEPが関係する特許侵害訴訟が増加していくにつれ、上記のような合理的なロイヤルティ料を含む、経済的論点についても議論が深まっていくと考えられる。すでに本年10月、フォードが米国の特許管理会社であるL2 Mobile Technologies LLC から複数の3G関連SEPを含む通信技術関連特許に係る特許侵害訴訟を提起された(注2)ほか、同月同社がドイツにおいて、我が国の特許管理会社であるIP Bridgeから4G関連のSEPに係る侵害訴訟を提起されたことも報じられている(注3)。

このように、現在の4Gの段階ですら、FRAND条件のロイヤルティ料につき特許保有者と自動車業界との間で係争がある中で、今後5Gが普及し、コネクテッドカーやIoTが進展していくとすれば、5Gの実施料(AVANCIの価格は現時点では未定)についてはより大きな課題となり、そのような議論の一部は、新たな訴訟の場に持ち込まれることが予想される。さらに、AVANCIの特許プールに属する特許権者だけではなく、これに属さない特許保有者による個別の訴訟などが起こりえる。SEPのライセンシングに係る業界の秩序が確立されるまでの間、こうした不透明な状況は続くと予想される。(池谷誠)

注1: Bloomberg, “Continental antitrust suit against telecom group dismissed in U.S. court”, September 13, 2020

注2:“United States: L2 Mobile Hits Ford Over Patents Allegedly Declared Essential To The 3G Wireless Standard”, Mondaq.com ( https://www.mondaq.com/)

注3: “Japanese patent licensing firm IP Bridge is suing Ford Motor Company in Munich over former Panasonic SEP”, Foss Patents (http://www.fosspatents.com), October 14, 2021

参考文献:池谷誠「IoT通信規格の標準必須特許-FRAND実施料をめぐる潜在的論点」ビジネス法務 2020年4月、池谷誠『特許侵害における損害賠償額の適正な評価に向けて』一般社団法人日本図書館事業協会 2018年