Alpha Commentary: インフレは価値評価にどのような影響を及ぼすか?

最近公表された政府統計によると、本年3月の消費者物価指数は前年同期比1.2%の増加となりました(下表)。2020年平均が0.0%、2021年平均がマイナス0.2%であったことを考えると、ここにきてインフレ傾向が明らかになっているといえます。背景となっているのは報道等で明らかなように、ウクライナ問題をめぐる地政学的な要因や円安により、エネルギー、食料品等の値上がりが続いていることです。上記の3月の消費者物価指数も、生鮮食品およびエネルギーを除く場合にはマイナス0.7%となっており、エネルギー、食料品以外ではまだインフレ傾向が顕在化していないといえます。

価値評価(とりわけインカムアプローチによる評価)の問題を考えるにあたって、インフレは本来、重要な考慮要素の一つです。例えばDCF法による評価の基礎となる将来フリーキャッシュフローは名目ベースで見積もることが一般的ですが、インフレ率をどのように見積もるかによって、その金額が大きく左右されます。具体的には事業計画等に基づく一定期間(予測期間)の予測においてインフレ率の前提をどう設定するか、また、予測期間以降、永久に続く継続期間の成長率においてインフレ率を反映させるか、といった問題があります。ここで、価値評価において重要となるのは、将来のキャッシュフローに対応する将来のインフレ期待値であり、必ずしも上記で紹介したような足元の物価上昇率ではないということは留意が必要です。しかし、わが国においては長らくデフレ的な状態が続いてきたため、事業計画等でインフレを適切に反映させるという意識はあまりなく、また、継続期間に適用する成長率(永久成長率)もゼロと設定することが多かったというのが実態です。現在のインフレ傾向が続き、将来のインフレ期待の上昇につながるとすれば、このようなプラクティスは修正を迫られる可能性があります。例えば、プラスのインフレが続く経済において永久成長率をゼロとするということは、実質成長率はマイナスとなり、遠い将来には企業は消滅してしまうことを意味するのですが、これは継続企業の前提と矛盾することになる、といった問題が生じかねないためです。

なお、将来のインフレ期待が大きくなればなるほど価値が高くなるのかというと、必ずしもそうではありません。将来フリーキャッシュフローを現在価値に変換する際に適用する割引率の計算において、インフレ率を反映した金利(リスクフリーレート)が使用されているためです。具体的には、割引率(WACC)の計算で使用される株主資本コストは[リスクフリーレート+ベータ×(株式期待収益率-リスクフリーレート)]として計算されます。したがって、理論的には将来のインフレ期待が高くなったとしても、将来フリーキャッシュフローへの影響は割引率で調整されるので、結果的には影響は中立的です。しかし、実際には、その時々の金融政策を含む様々な要因の影響を受ける債券市場で形成される金利がインフレ期待をタイムリーに反映しているかという点は論点となる可能性があります(ちなみに、10年国債利回りは最近0.25%前後で推移しており、2019年半ばにマイナス0.2%程度であったころを底として、上昇傾向が続いています。)。

いずれにせよ、マクロ経済状況が変化する際、バリュエーションの実務家やバリュエーションを利用する当事者は一旦立ち止まり、新たな状況を正確に反映する指標は何か、旧来の方法が適切かどうかなど、経済的事実に基づき再考することが求められるといえます。(池谷誠)

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