Alpha Commentary: Netflix移転価格事例にみる経済分析上の論点

報道(3月21日付日本経済新聞など)によると、動画配信会社Netflixの日本法人が東京国税局の税務調査を受け、2019年12月期までの3年間に係る計約12億円の申告漏れを指摘されました。Netflixの日本法人は、日本国内の映画やアニメなどの制作会社との契約業務やコールセンター業務を担い、2019年までに複数の制作会社に対して計百数十億円を支払って配信権を取得していたところ、その後、取得した配信権をオランダ法人に譲渡。オランダ法人は、日本法人に配信権の取得にかかった費用と経費を支払い、日本法人から譲渡された配信権を利用して日本で配信サービスを展開していました。

東京国税局はオランダ法人が日本法人から取得した配信権を利用して多額の利益を上げていることに着目し、日本法人に対し配信権取得費と経費だけでなく、業務に見合った利益を分配する必要があったと判断し、一般的な取引と比較するなどして日本法人に本来支払われるべき分配額を算定し、計約12億円が申告漏れに当たると指摘しました(過少申告加算税を含む法人税などの追徴税額は約3億円とみられるようです。)。

上記の報道からは、詳細な事実関係までは不明ですが、移転価格税制に係るものであることは明らかです。移転価格税制とは、独立企業(資本や人的に支配関係にない企業間)間で取引される価格(アームズレングス価格)と異なる価格で海外の関連者と取引が行われた場合、その取引価格が独立企業間価格で行われたものとして課税所得金額を算定する税制です。アームズレングス価格の算定手法としては、異なる国に所在する同一グループのA社とB社を想定すると、A社からB社(またはその逆)へ譲渡された財・サービスの取引価格を直接算定する手法として、独立価格比準法(CUP法 = Comparable Uncontrolled Price Method)、再販売価格基準法(RP法 = Resale Price Method)、原価基準法(CP法 = Cost Plus method)があります(基本三法)。また、A社とB社が共同して行うビジネスから得られる利益を分配することでアームズレングス価格を算定する手法として、利益分割法(PS 法 = Profit Split Method)や取引単位営業利益法 (TNMM = Transactional Net Margin Method)があります(その他政令で定める方法)。近年、移転価格税制において当局との間で争点として、無形資産の扱いをめぐる論点の比重が大きくなっていますが、関連者間取引において無形資産が関わっている場合、PS法やTNMM法が利用されることが多くなっています。

本件では、2019年以降に日本法人からオランダ法人に譲渡された配信権の譲渡価格が問題となった可能性があります。国税局の指摘する「業務に見合った利益」とは、おそらく有力コンテンツの探索や著作権者との交渉も含む契約業務を行った日本法人の業務に係る対価を意味するものと思われ、これらを無視して、オランダ法人が取得費や経費のみを支払ったことが問題視された可能性があります。そのようなシナリオで、特に重要な無形資産の貢献は想定されないとすれば、上記の業務に係る手数料(とはいえ、専門的な知識を要するもの)をどのように算定するかがポイントとなります。報道では、東京国税局が「一般的な取引と比較するなどして」算定したとしていることから、日本法人の行った「契約業務」と類似する業務を行う企業の利益率を基礎として、TNMM法を適用した可能性があると考えられます。

一方、Netflixのビジネスには様々な無形資産が利用されていると考えられます。コンテンツの著作権は著作者側にあるとしても、自社開発の比重が大きいと考えられる無形資産として、例えば、利用者の視聴傾向からおすすめコンテンツを提示するリコメンデーション機能、インターネット上での配信システム、Netflixというグローバルブランドなどがあります。これらは、日本法人の開発したものではないと考えられますが、そうすると、日本の利用者から得られる収入であっても、配信権に係る適切な対価やその他必要な運営費を除く残りの利益はすべてオランダ法人に帰属するという構造が成立します(オランダ法人から米国法人へのロイヤルティ支払なども想定されますが、ここでは無視します。)。とはいえ、500万人以上(2020年8月時点)といわれる同社の日本での有料会員の獲得や日本における知名度向上が、日本法人が主導した広告宣伝活動や営業活動によるものであるとすれば、日本法人はマーケティング関連の無形資産を所有し、それに係る対価を受け取るべきであるという主張も可能となります。

このように、インターネット関連の多国籍企業が展開する事業は、そもそも世界のどこからでも国境を越えてサービスの提供が可能というビジネスモデルであるところ、複数の無形資産が複雑に関与し、どの法人がどの無形資産を有し、その重要性はどの程度かなど、移転価格税制上の論点が多く存在しています。そして、我が国を含む主要国の移転価格税制1)においては、無形資産の法的な所有関係のみならず、無形資産を形成、維持又は発展させるための活動において法人又は国外関連者の行った貢献の程度も勘案する必要があるとされていることから、無形資産の特定と所有については、対象取引における各法人の業務の経済実態を慎重に分析する必要があります。また、アームズレングス価格の算定にあたっては、無形資産の評価方法2)として、比較可能取引を基礎とする手法を用いる場合が多くありますが、OECDガイドラインにおいては、それ以外の手法も認められており3)4)、経済実態に即した適切な手法を柔軟に選択することが可能です。(池谷誠)

1) 移転価格事務運営要領2-12

2) アームズレングス算定手法のうち、PS法以外の手法(主として基本三法とTNMM法)は、取引主体のどちらか一方のみが無形資産を有し、他方は有していないという前提のもと適用されるため、双方の当事者が無形資産を活用し貢献することでビジネスが成立するといったジョイントベンチャー型のビジネスモデルにおいては、これら手法がうまく機能せず、PS法のみが適用可能となる。

3) OECD Transfer Pricing Guideline, para 6.212

4) 簡易的な手法としては、例えば、無形資産形成や維持のために要した費用を基礎とするコストアプローチが利用可能である。また、より精緻な手法としては、消費者の購買行動に係わる意思決定を定量的に分析する手法であるコンジョイント分析(新商品開発の際に使用されるマーケティングリサーチを応用した手法であり、消費者がある商品を選択するときに、どのような属性(機能、デザイン、サービス、価格、ブランド等)を重視するのかという点について、それがどの程度利益に影響しているかを定量的に分析する手法)などもケースによっては利用可能であろう。