Alpha Commentary: 金融庁・経産省公表ベンチャーキャピタル推奨・期待事項案における公正価値評価の取り扱い

去る7月4日、金融庁および経済産業省は、ベンチャーキャピタルに関する有識者会議が作成した「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項(案)」(以下、「推奨・期待事項案」という。)を公表しました。推奨・期待事項案は、「新しい資本主義実現会議」による「資産運用立国実現プラン」(令和5年12月13日)及び「金融審議会 市場制度ワーキング・グループ・資産運用に関するタスクフォース 報告書」(2023年12月12日)の内容を受けたものであり、現在、この案について意見が募集されており(8月3日締め切り)、それらを踏まえて最終化される見込みです。

推奨・期待事項案は、「長期運用に資するアセットクラスとしての VC の魅力を高め、VC 業界の発展を後押しするべく、広く内外機関投資家から資金調達を目指すVCについて、ファンドへの投資者(リミテッドパートナー:LP)及びファンド運営管理者(ジェネラルパートナー:GP)における推奨・期待される事項を定めるものである。」とされており、VC がアセットクラスとして内外機関投資家の投資対象となるために、LP に対する受託者責任を踏まえ、VC として備えておくことが推奨される項目(推奨される事項)、およびGP はリターンの向上に資する範囲でスタートアップを育成するという重要な役割を担っているという観点から目指すべき方向性を示す項目(期待される事項)から構成されています。

上記のうち「推奨される事項」はさらに、「受託者責任・ガバナンス」、「利益相反管理等」、「情報提供」の観点から具体的な記載がありますが、興味深いのは、情報提供の主眼として、「保有資産の公正価値評価」が掲げられていることです。すなわち「ファンドの資産の状況を算定するにあたり、保有する非上場企業の株式について公正価値評価を行った上で、LP に情報提供することが推奨される。また、公正価値評価における評価手法等についても情報提供することが推奨される。」とされており、その注書きとして、「ファンドの投資期間が長期化する傾向の中で公正価値評価の重要性が増していることも指摘されており、我が国において公正価値評価に関する評価実務の蓄積が重要である。GP においては、海外の実務や LP の要求水準を踏まえ、ファンド規模等に応じた評価体制や評価フローを構築することが推奨される。」とされています。

我が国においてはすでに、投資事業有限責任組合(有責組合:我が国のVCの多くは有責組合として組成されている。)の投資勘定に係る会計規則として、原則として市場価格のない株式等についても、各組合の組合契約に定める評価基準に従って時価評価を行うことが求められています(中小企業等投資事業有限責任組合会計規則第7条)。しかし、同規則においては、時価が取得価額を上回る場合には、会計方針として取得価額で計上することも許容されており、実務としては、多くの場合、このような取得原価計上、あるいは業績悪化などによって投資回収が困難と考えられる場合には評価減(マークダウン)による対応が行われています。このような実務の背景には、スタートアップ企業の企業価値評価においては、一般的企業の場合と比べ、トラックレコード(実績)不足、高リスク、複雑な成長シナリオなど、いくつもの「評価の壁」が存在し、一口に公正価値評価といっても一般的な手法が確立されているわけではなく、実務担当者が多くの困難を抱えている事実があります。

推奨・期待事項案が掲げる、長期運用に資するアセットクラスとしての VC の魅力を高めるという目標、あるいは、LP に対する受託者責任を重視する姿勢からすると、公正価値評価とは、上記のような取得原価計上やマークダウンにとどまらず、マークアップを含めた一般的な意味での時価評価を標ぼうするものと思われます。上記の「評価の壁」を踏まえると、そのような要請はハードルの高いものと思われますが、公正価値評価のための組織構築、評価技法や理論についての情報収集やトレーニング、評価の整合性を確保するための内部方針やマニュアル(文書化)作成、監査法人や外部専門家との連携構築などの取り組みを通じて、今後我が国における実務の水準が向上していくことが期待されます。(池谷誠)

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