Alpha Commentary: 公取委が「経済分析報告書及び経済分析等に用いるデータ等の提出についての留意事項」を公表
近年、M&Aにおける企業結合審査等において、対象となる市場をどう定義するか、画定された市場において競争制限的な影響が生じる可能性があるか、などの議論をサポートする目的のため、多くのケースでミクロ経済学の理論や手法に基づく経済分析が利用されています。一般的には当事会社がコンサルティング会社等に所属する専門家に経済分析を委託し、公取委に経済分析の結果をまとめたレポートを提出しますが、公取委の内部にも経済分析を扱う専門部署が存在し、当事会社の専門家による経済分析をベースとして議論を行うだけでなく、公取委が独自に専門家に委託して経済分析を実施するなど、活用が進んでいます。
このような状況の中、公取委は5月31日、「経済分析報告書及び経済分析等に用いるデータ等の提出についての留意事項」(以下、「本文書」という。)を公表しました(公取委HPの関連ページはこちら)。本文書の公表にあたって、公取委は「(公取委が)事業者等から提出された経済分析報告書をどのような場合に適切な内容のものであると評価するかについて明らかにすることは、審査の透明性や予見可能性を高めるため、事業者等にとって有益である」と述べています。すなわち、経済分析の専門家だけでなく、専門家に委託する当事会社に向けて、公取委に受け入れられる経済分析がどのような要件を満たしている必要があるかを説明する意図が示されており、これらの要件に留意して経済分析を準備することにより、企業結合審査がスムーズに進められる可能性が高まることが示唆されています。
本文書では、まず、経済分析の原則として、①関連性(対象案件と関連性を有するものであること)、②明確さ・透明性(主張、論点、手法、仮定等が明確であること等)、③整合性・頑健性(他の根拠との整合性が検討されているものであること等)、④再現可能性(第三者によって分析結果が再現できるものであること)を有していることが望ましいとしています。そして、経済分析レポートの構成について以下の3つの観点から公取委の要望が述べられています。
- 非専門家も理解できるような要約が添付されていること
- 経済分析報告書本体に、①分析の目的、②分析に用いられたデータに関する説明、③選択された分析手法、④分析結果及び解釈、⑤引用した参考文献や国内外の関連する事案に係る情報、及び⑥経済分析報告書の作成の経緯等に係る情報が含まれていること
- 分析に用いられたデータ、プログラミングコード、アンケート調査の質問票等について、別途提出が必要であり、データに係る詳細な説明、頑健性に係る分析の結果、数学的証明等は、経済分析報告書本体とは切り離して、附属資料として提出すること
また、公取委が当事会社の経済分析の検証、または独自の分析のために当事会社に対して行うデータリクエストについて、手続き上の留意点が述べられています。これらデータリクエストにおいては通常、対外公表情報に限らず、販売実績データや月次の損益計算書等を含む詳細な管理会計データやその他の業務上のデータが求められます。詳細かつ大量のデータを効率よく収集し、分析の趣旨に基づき利用しやすいよう加工することは困難を伴いますが、当事会社にとって企業結合審査の期間やリスクを管理する上で重要性なプロセスといえます。データ収集や加工につき上記のような問題があることから、公取委はデータの期間や範囲を限定したサンプルデータの提出を求めることがあります。本文書ではそのようなサンプルデータのやり取りにおいて、「店舗や工場ごとにデータの構造等が異なる場合には、サンプルデータの提出時に全てのデータ構造を網羅するような形で提出されることが望ましい」とするなどいくつかの具体的な要望が記載されています。また、個人情報の取扱いやデータの内容の説明・加工等に係る情報の記載についても留意点を記載しています。
従来、経済分析の活用は、経済分析レポートの提出で完結すると考えられることも多くあったと思われますが、本文書では最後の章で公取委との「意思疎通」の重要性が強調されています。すなわち、「関係事業者等は、公正取引委員会の経済分析担当者との間で、競争制限のメカニズム等の論点に関し、意思疎通を十分に行うことで、関係事業者等が実施することが有用な経済分析等についての理解を深めることができ、同様に、公正取引委員会の経済分析担当者も、関係事業者等の主張をより良く理解できると考えられる。」としています。公取委の経済分析担当チームは、経済学のバックグラウンドを持つスタッフを抱え、経済学の専門的な言語での会話が可能ですが、①関連性、②明確さ・透明性、③整合性・頑健性、④再現可能性という上記の原則に即して公取委が分析内容を確認し理解するために、なるべく早期に経済分析レポートを提出することや、当事会社の専門家が経済分析の専門性だけでなく、十分なコミュニケーション能力を有することが求められるといえます。(池谷誠)
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