Alpha Commentary: クロスライセンス契約に係る損害額の論点

報道(5月24日付日本経済新聞等)によると、シャープはこのほど、韓国のLGディスプレー(LGD)との間での特許利用契約に係る係争に関連して、損害賠償などの支払いに伴う約117億円の特別損失を計上しました。シャープは2013年からディスプレー分野で、競合企業との間で知的財産の利用を相互に認めるクロスライセンス契約をLGDと結んでいたものの、LGD側がシャープに契約違反があったと主張し、2019年からシンガポール国際仲裁センター(SIAC)において仲裁手続きが進められており、今回の損害賠償はSIACの仲裁判断に基づくものとのことです。国際仲裁のプロセスは非公開であり、本件についても仲裁対象の特許の具体的な内容などは開示されていません。したがって、以降は筆者の推測を含みますが、本件を含む(クロス)ライセンス契約の事例において議論となりうる損害額についての論点を考えて見たいと思います。

一般的に、特許権侵害事件であれば、損害額は逸失利益、または合理的実施料(reasonable royalty)という二つの基本的な考え方に則って算定され、我が国であれば、特許法102条において、権利者の立証負担を軽減するための損害額推定規定が置かれており、これらを利用することも可能です。いずれにせよ損害額は特許権侵害がなかった場合に得られていたであろう権利者の利益、またはロイヤルティ収入として算定されます。しかし、本件ではクロスライセンス契約の違反に基づく損害が争われています。クロスライセンス契約は製品の生産に複数の会社の特許が必要な場合などに結ばれ、多くの場合、お互いにロイヤルティを支払うことなく特許の使用が可能となりますが、本件では、損害賠償が請求されていることから、製品の販売量に応じてライセンス料を互いに支払うタイプの契約であった可能性があります。そして、多くの事例では特許ごとに事前にライセンス料率などが定められていることから、損害額について争点があったとすると料率ではなく、販売金額(数量)に関連するものであると考えられます。

販売金額(数量)というと一見、簡単に把握が可能と思われますが、実際には複雑さを伴うことがあります。例えば、ある米国特許が対象となっており、米国における工場出荷価格の一定比率がロイヤルティとなるとすると、まず特許が使用される最小単位の部品を特定し、その部品がどのようなモジュールに組み込まれ、最終的に完成品として販売されるかという製造・販売プロセスを特定する必要があります。実際にはそのようなプロセスは一つの拠点で完結するわけではなく、一定規模以上の企業であれば、グローバルなネットワークの中で、例えば中国の工場で部品が製造され、一部のモデルについては日本の工場に送られモジュール、完成品が組み立てられ、その一部が米国の販売拠点に輸出される、その他のモデルについては中国の工場から直接米国の工場に送られ、米国で完成品まで製造し、販売される、といった複雑な構造になっています。一定期間ごとのモデルチェンジなどの影響、在庫や廃棄などの問題も考慮すると、一定地域での一定期間の販売金額(または数量)を特定することはさらに困難を伴います。もちろん、近年、一部の企業においては、管理会計システムの高度化によりこうした情報の管理が容易となっていますが、多くの企業では地域・拠点ごとに異なるシステムを使用し、一元的な管理が難しいといった問題を抱えています。

従来、我が国の製造業企業同士がクロスライセンス契約を結ぶ場合については、本件のような係争はあまり見られませんでしたが、外国企業との契約については特許侵害訴訟などと同様、係争となるリスク、および損害額が巨額化するリスクが高いと言えます。また、上記のような問題は、当然、クロスライセンスに限らず、通常のライセンス契約でも生じうるものです。外国企業がライセンサーとなる場合、一般的な契約で定められているロイヤルティ監査(オーディット)の実施を要求することが珍しくなく、その場合、ライセンス料の根拠として、上記のような情報に基づく証拠の提示が求められます(実際の調査は外部の専門家が実施することが一般的です。)。このため、ライセンスを受ける立場の企業としては、クロスライセンス契約を含む重要なライセンス契約についてはリスク管理の観点から、ライセンス料算定プロセスのレビュー(外部専門家の関与を含む)や効率的な管理体制構築のための検討を行うことが有効と思われます。また、逆にライセンシーの立場からは、ライセンス収入の適正化のため、オーディットの活用を検討する価値があると思われます。(池谷誠)

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