Alpha Commentary: 最近のMBO急増と企業価値増分の評価に係る論点

最近、経営陣による自社株式や事業部門の買収を意味するMBO(マネジメント・バイアウト)による市場退出の動きが広がっています。本年のMBO実績は、大正製薬ホールディングス、ベネッセホールディングス、シダックスなど大型案件の影響もあり、金額ベースでこれまで最高だった20年の3050億円を上回り、1兆1000億円を超す過去最高となる見通しです(1)。従来からMBOによる非上場化により、四半期決算開示など上場維持のためのコストを回避でき、経営の自由度を高め、中長期的な改革への取り組みが可能となるといったメリットは認識されていましたが、最近のMBO急増の背景としては、PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る企業に対する東証の改善要請など株価が割安な企業への圧力が強まっていること、物言う株主(アクティビスト)による企業への要求が高まっていることなどがあるとされています(2)

MBO実施にあたっての課題の一つは、いかにして公正な条件で既存株主から株式を買い取るか、という点です。会社の業務を執行する経営陣が、自ら買収者となって既存株主から株式を買収するという取引の構造上、MBOは潜在的に利益相反の問題を含んでいます。近年、経産省による「公正なM&A指針」(3)などでは、既存株主との取引条件の公正性を担保するために、どのような実務的対応が望ましいかにつき、詳細な指針が提示され、我が国の実務の水準は向上しているといえますが、TOBなどにおける取得価格が「公正な価格」といえるかどうかは、基本的にはバリュエーションの問題であり、ケースごとに事情が大きく異なるため、「公正な価格」をめぐり、買収者と株主との間で係争となるリスクを解消することは容易ではありません。

バリュエーション上の争点は数多くありますが、MBO事例を含む多くの事例(M&Aや組織再編を含む、以下「MBO等」という。)において重要な論点となるのは、シナジーの評価です。我が国における「公正な価格」の定義としては、合併等の組織再編が行われたことを前提として、シナジー等の企業価値の増加分についての適切な分配を反映させた価格(シナジー分配価格)であると理解されています(4)。もちろん、MBOの場合は二社が合併する場合と異なり、一般的な意味でのシナジーが創出されるわけではありませんが、経営効率の向上などMBOによって何らかの企業価値向上が見込まれるのであれば、これに対応する価値増分は既存株主にも分配すべきであるという理論となります。

実際、レックスホールディングス事件の東京高裁決定(平成20年9月12日)においては、本件が一般にはシナジーを創出することのない、MBO案件に係るものであったにも関わらず、少数株主は、株式を「継続して保有することにより実現する可能性のある株価の上昇に対する期待を有しており、この期待は、株式の有する本質的な価値として、法的保護に値する」ものであるとの考え方により、市場株価に基づく「客観的価値」に対する20%のプレミアムを認めています。また、同様にMBOの事案であるカルチュア・コンビニエンス・クラブ事件の大阪地裁決定(平成24年4月13日)においても、裁判所は、「MBOの実施によって増大が期待される価値」を分配した価格を公正な価格として決定しています。

それでは、具体的にどのような手法によってMBO等による企業価値増分を計算するべきなのでしょうか。この点につき、上記レックスホールディングス事件の東京高裁決定は以下のように述べています。

…MBOに際して実現される価値は、①MBOを行わなければ実現できない価値と、②MBOを行わなくても実現可能な価値に分類して考えることができ、②の価値は、基本的に株主に分配すべきであるが、①の価値は、MBO後の事業計画につき、その実現の不確実性についての危険を負担しながら、これを遂行する取締役(経営者)の危険と努力についても配慮しつつ、これを株主と取締役に分配するのが相当であると認められる。そして、強制的取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価するに当たっては、当該企業の事業計画に照らし、その収益力や業績についての見通しについて検討し、かかる検討の下に、MBOに際して実現される上記①及び②の価値とその分配について考察し、かかる考察に基づき、裁判所が、その合理的な裁量によって、上記の期待についての評価額を決することが、取得価格の決定申立制度の趣旨に照らし、望ましいものといえる。

つまり、公正な価格に加えられるべき「MBOを行わなければ実現できない価値」は、MBOを前提とする事業計画を基礎として、DCF法により直接評価することが本来求められるとしています。しかし、同事件においては、相手方がMBOを前提とする事業計画を提出しなかったため、裁判所の裁量で、他事例を参照してプレミアム(20%)を推定しています。一方、カルチュア・コンビニエンス・クラブ事件においてはそのような事業計画が入手可能であったようであり、まず、市場株価をベースとしてナカリセバ価格(469円)を定め、MBO実施後の増大が期待される対象会社の企業価値を前提とした株式価値としての第三者算定機関のDCF法による価値算定結果(830円)との差である、361円(830円-469円=361円)を「MBOの実施によって増大が期待される価値」と認めています。そして、これを1対1の割合(買収者と既存株主の価値増大に対する貢献割合)で分配した649円(=469円+180円)を公正な価格と定めています。

我が国の実務においては、MBO等に際して第三者算定機関が実施する企業価値評価は、多くの場合、これらの取引を前提としないものであり、上記カルチュア・コンビニエンス・クラブ事件のように、MBO等の実施後に増大が期待される企業価値を算定することは一般的ではありません。したがって、ほとんどのケースでは、MBO等の実施を前提としない企業価値に基づきつつ、TOB価格などの取引価格がそれら評価額(特に市場株価法による評価)に対して一定のプレミアムを上乗せした価格となっていることをもって、シナジーや企業価値増分も考慮されているとの根拠としているようです。しかし、シナジーや企業価値増分はそれぞれの企業や取引の特徴、買収者の戦略や計画など、ディールごとに異なる、きわめて個別性の高いものです。したがって、本来であれば、上記レックスホールディングス事件において判事されたように、MBO等の実施後の将来シナリオや事業計画に基づき、合理的なキャッシュフローを予測したうえでDCF法により企業価値を算定し、これを基礎としてシナジーや企業価値増分を算定することが合理的といえますが、実際にはそのような情報は入手できないため、投資家から見ればブラックボックスとしての側面が残るといえます。

なお、デラウェア一般会社法における株式買取請求権の規定における買取価格の定義は我が国と対照的に「吸収合併または新設合併の遂行または期待から生じる価値のいかなる要素をも排除した、株式の公正な価格」とされており、組織再編から生じるシナジーを価格に反映することは通常禁じられていると理解できます。そうすると、MBO等による企業価値増分をどう評価するかという問題は、我が国特有の問題のように見えますが、今後、MBO等を前提とする事業計画に基づく第三者評価機関によるDCF評価を事前に取得するといった手続きを含む、公正性担保のための施策が検討される余地があると思われます。(池谷誠

(1) 2023年11月26日付日本経済新聞電子版。

(2) 同上。

(3) 経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」、2019年6月28日。同様の構造的な利益相反の問題が存在する取引形態として、支配会社による従属会社の買収も対象とされている。

(4) 江頭憲治郎「会社法制の現代化に関する要綱案の解説[V]」商事法務1725号4頁、8-9頁(2005)、神田秀樹「組織再編」ジュリスト1295号128頁、130頁など。

アルファフィナンシャルエキスパーツの価値評価サービスはこちら。財務アドバイザリサービスはこちら